第一章 さくら


私とひろむは小さい頃から仲良しだった。いつだって二人で公園の桜の木の下にあるベンチに座って大声で歌っていた。歌えないひろむがギターをかき鳴らして、楽器を弾けない私が大声を張り上げて……。
学校に行くようになるとクラスメイト達は私とひろむを『歌姫とギター馬鹿』と呼んだ。私が歌姫、ひろむがギター馬鹿、そして二人はいつも一緒で手を繋いで笑っていた。
そう、あの頃の私は歌姫だった。どんな人間にも決して負けない。言葉で伝えられなくたって、歌えば伝わると信じていた。
ひろむが笑ってギターをかき鳴らし、二人で夢を語って歌った日々、キラキラと輝いていた。太陽よりも強く、月よりも儚く、二人は輝いていた。

……そんなあの頃に、私は戻りたかった。

男にしては長めのショートカットの黒髪が揺れた。優しい笑顔は昔と全く変わらず、ギターの腕は昔とは比べ物にならないほど上達したひろむがつまらなそうにギターを爪弾いた。
「さくら、何かやらねぇ?」
温かい、聞き慣れたひろむの声にあたしは振り返った。
焦げ茶色のギターのボディが陽の光を反射してキラキラと輝いた。その光に目を細めて、私はひろむの顔を見つめた。すぐそばで幸せそうに弦を弾いたひろむは、昔とあんまり変わっていない。優しい目がそれを物語るかのように、きらっと怪しく輝いた。
「何かって?」
「何だって良いけどさぁ、楽しいヤツ」
ジャングルジムの上で楽しそうに遊んでいる小さいガキを眺めてから、私は立ち上がった。やっぱり何かをひろむと浮いたって居る時だけはあの頃と変わらずキラキラと輝くから。
「じゃあ、昨日やったの」
「分かった♪」
にっこりと優しい笑顔でひろむは笑ってギターを引き始めた。優しく流れるギターの音色に耳をすませて、私はそっと息を吸い込んだ。

最後まで弾き切って、ひろむはにっこりと嬉しそうに微笑んだ。何人かの幼いガキと、買い物帰りのおばさん達が少し離れた処から私とひろむを見ている。そんなおばさん達のすぐそばで、肩までのすとんとした黒髪の女の子がひろむをじっと見つめているのが見えた。服は私の通う私立の高校と同じで、濃い緑のブレザーがちらっと見えた。
彼女は知っている。同じクラスの女の子でいつも着飾った女の子達と一緒に居る。ひろむの彼女のめぐみって名前だったっけ? そんな女の子。ひろむは最近、毎日のように彼女と一緒に遊んでいるらしい。どうせ人通りの少ない裏路地でキスでもしているんだろうなと思いながら、私はひろむに目をやった。ギターを奏でている時とはまるで違う、マラカスの音色みたいに明るい瞳が、真っ直ぐ彼女に向けられた。
「あ、めぐ〜!!」
 ひろむはギターを握ったまま、彼女に向かって大きく手を振った。彼女は少し不満そうにひろむに手を振りかえし、そっと近寄ってきた。
ひろむは急いでギターをケースに放り込むと、私の手にカセットテープと楽譜を押し付けた。オタマジャクシが並んだ紙を眺めながら、どんな曲かな? と不安になった。
「この前に言っていたオーディション、これやろう」
それだけ言って背を向けたひろむは、ケースを握るとニコニコしながら駆け出した。足取りは軽く、ひろむの背中はどんどん小さくなっていく。そんなひろむが凄く遠く感じた。
オーディション、今更受けたって仕方がないような気がする。一緒にいられないし、お互い上達したとはいえ、なかなか合わせられないから、逆に下手になった気もする。
あの頃だったら夕暮れ時まで一緒に歌を歌っていられたのにな。大きく手を振って、また明日と言ったあのが懐かしい。明日の心配なんかした事なかった。いつまでも永遠に歌っていられると思っていた。
でももう、ひろむは私の専属ギタリストじゃない。私とひろむはもう、二人で一人の『歌姫とギター馬鹿』じゃない。時間は流れて行く、決して止まる事も戻る事もない。そしてそれはどうする事も出来ない。
幸せそうに微笑む、そんなひろむの背中に手を振って、私は自分に言い聞かせた。
『私は歌姫、一人でも歌っていけるから』

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第二章 ひろむ

俺が手を振ると、彼女は黙って手を振った。いつもとは少し違う、冷たい目が俺を見つめている。でもやっぱり、俺はそんなの気にしない。気にしない処は自分の長所だと思っているし、いつも笑ってなくちゃ、俺のいい処なんてないからな。
だから俺は笑って走った。ギターのケースが鬱陶しくもなるけど、ガキの頃からの相棒だし、そんなに気にはならない。いつだってギターを抱えてさくらとこの公園で遊んでいたんだ。クラスメイトがなんと言おうと、俺はさくらと二人でギターを弾いて笑っていた。だから今更、そんな事はどうだっていいと思えるんだ。だって、俺とさくらは二人で一人の『歌姫とギター馬鹿』だから……。
でも、俺がそう思っている事が嫌で仕方がないのか、めぐは黙って俺を冷たい目で見つめている。
「めぐ、どうかしたの?」
俺はそう、めぐに話し掛けた。何か話さなくちゃ、何か言わなくちゃと俺は頭がいっぱいになる。
さっきまでひんやりと冷たかった重いギターのケースが体温でほんのりと温かかった。公園から風に吹かれて此処まで来たのか、アスファルトの上には色とりどりの枯れ葉が落ちている。少し冷たい風が、めぐの髪を揺らしている。
「ねぇ、どうしていつもあの子と居るの?」
「へ?」
 俺は一瞬戸惑って、それからやっと『あの子』がさくらだって事に気がついた。
「親友だからだけど……」
めぐの顔はだんだんつらそうな顔に変わっていく。俺はどうする事も出来ないまま、めぐの顔を見つめていた。
だって、俺は何年経ったって、さくらの親友だって思っている。どんな事があったって、いつだって二人だったんだ。これから何年経ったって、それは決して変わらない。俺はそう、信じてるから。
「ギターと私、どっちが大事なの?」
めぐは俯き、そう言った。俺はそんなめぐの顔を見つめて、なんて言っていいか考えた。本当の事、言うべきかな? 嘘でもめぐって言うべきなのかな?
俺は元からめぐの事が好きって訳じゃない。小さい時からそばに居る、さくらがずっとずっと好きだった。でも、今の関係のままでいい。そしたらずっと一緒に居られるって、俺はその気持ちを押さえ込んできた。
そしたらある時、めぐが俺に話し掛けてくれた。俺はギター馬鹿だったから、さくら以外に仲良くしてくれるような友達は居なかった。だから、めぐが俺のそばで笑ってくれて、本当に嬉しかった。
めぐは話の最後に俺の顔を見ながら優しく笑って
「好き」
と言った。俺はさくら以外に友達が出来たとかなりはしゃいでいた。だから言った。
「俺も〜」
そのオマケに抱きついたからか、気がついた時には完全にめぐの彼氏になってしまっていた。あの時は少し後悔した。やっぱりさくらが好きだったから、自分の気持ちに嘘ついたみたいだったし、あの時からさくらが少し遠くなったような気がしたから。
「答えられないの?」
めぐの声が聞こえてはっとした。何か言わなくちゃ、めぐを傷つけたくないのに、自分はちゃんと彼女の目を見て言えない。
「私が嫌いなら、嫌いってはっきり言って。彼女が好きなら好きって言ってよっ……」
めぐはそれだけ言うと駆け出した。俺はギターを抱えてその後ろを追った。やっと仲良くなれたのに、俺は友達を失いたくない。
「めぐ!!」
俺はそう叫んで、めぐの背中を見つめた。運動音痴の俺はギターを抱えたまま、なんとかその後ろを追ったけど、息が切れてつらくなり立ち止った。
呼吸を整えて顔をあげた時にめぐの姿は何処にもなかった。冷たい風がまた吹いて、枯れ葉が宙を舞った。そしてそれは静かにそっと、俺の足元に落ちた。

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第三章 さくら



私は帰ろうと立ち上がった。ひろむの居ない公園でいくら歌ったって、練習になんかならないし、面白くもない。だから私は黙って歩き始めた。
空は秋晴れのいい天気、日向は温かくて気持ちがいい。こんな日には、二人であのベンチに腰掛けて歌っていたかったなぁと心の隅で考えながら、公園で遊ぶガキ共を見ながら歩いた。
その時、何処かから聞き慣れた彼奴の声が聞こえた。顔をあげて辺りを見回すと、ギターを片手に泣き出しそうな顔で立っているひろむが居た。
「さくらぁ」
情けない声が聞こえて、私はそっとひろむのそばに向かった。潤みきった悲しい瞳が私を見ている。砂場で遊んでいたガキ共も気がついたのかこっちを見ている。私は仕方がないからひろむを連れて歩き始めた。
ギターを大事そうに抱きしめて、ひろむは黙って歩いた。私はそんなひろむと歩きながら
「何かあったの? 遊びに行ったんじゃなかったの?」
と尋ねた。
 この馬鹿、どうせ彼女にギター馬鹿すぎてフラれちゃったんでしょ。私は無駄なプライドが邪魔をして友達だってマトモに出来ないけど……。
「置いていかれた」
「あっそ、どうせギタオタだからフラれたんでしょ?」
ひろむは涙で濡れた目で私をじっと見つめて
「まだフラれてねぇもん、置いてかれただけだもん」
と少し膨れっ面で言った。
「一緒でしょ」
ひろむが何かと人と仲良くなるのに、必ずギタオタのせいで絶交する事になる事くらい見慣れている。その度、ひろむが泣いていた事もよく知っている。あの公園で泣きじゃくるひろむに歌った日もあったっけ? だから私はどうせそんな事でしかないんだと思って、そう言った。
「さくらには分からないよ」
悲しそうな声が聞こえて、私はひろむの顔を見た。ぽろぽろと涙が溢れ出した。あの頃と変わらない、悲しそうな泣き顔が私に向けられている。でも、私はひろむとは違って変わってしまった。
そうだ、私は変わってしまった。昔は慰めあって笑ったのに、今となっては鬱陶しい意外のなんでもない、そんな存在だと気がついてしまった。
「あっそう、其処で一人で泣いていたら?」
私はそれだけ言うと、ひろむに背を向けて歩き始めた。昔から泣き虫だったけど、此処まで鬱陶しかった事はない。だけど、それでもやっぱりひろむは親友だから胸は傷む。
「さくらぁ」
ひろむの声は冷たい秋風に掻き消されて、枯れ葉と一緒に落ちて行った。
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